初めてサイノウに出会った(舟木星那)

2021下半期記事, シリーズ1:不自由, 編集の教室

自分にとっての不自由は「才能の壁」だ。私がこの不自由を感じたのは最近だった。本当はもっと前から感じていたのかもしれない。

 自分は部活動は吹奏楽部に所属している。中一で初めて吹奏楽を本格的に始めたので楽譜が読めなかったし、音も何が良くて何が悪いのかわからなかった。今は少しだけわかるようになってきたが周りと比べると下手なほうだと思う。後輩は、「先輩の音きれいですよ」と言ってはくれるが、なにせ性格がひねくれている部類に入るらしい私はその子が本当に思っていっているように聞こえない。
 ただ、その楽器を始めたのはその子とおんなじ時期だった。身長も殆ど同じ、学校内の環境も。クラスも二年間一緒。違うのは外の環境だけだったハズ。自分だってちゃんと部活にきて家で調べたりと努力をしてきたつもりだった。それでも自分が1時間かけて出来るようになったことをその子は1分くらいで出来てしまった。先輩は「あの子はもう怪物よ。十分あなたもすごいよ。」とカバーはしてくれる。でも、あの子はもう違う世界、サイノウっていう世界にいる人間なんだって遠回しに言われているようだった。

 周りはもっと努力すれば、本気でやれって言ってくる。私頑張ったよでも世間一般から見ると頑張っていないんだって。休みの日は一番にきて部屋の鍵借りてみんなが楽なように準備したよ。みんなと吹けるように練習したよ。でも、才能がある人を恨んだり羨ましがる私は先生や大人から見たら悪者なの。人のことを考える暇があるなら努力しろだって。先生たちは自分と同じような前向きな考えをする子をいい子ちゃんとして庇うの。確かに一般的にそれが正しい。でもさ、みんなの味方じゃないの?

嫌なら辞めればよかったのかもしれない。でも、ただの世間話をしているときは本当に楽しいの。親にお金出してもらってるの。だからね、辞められないの。また吹き続けちゃうの。

私は先生や親達に「頑張ったね。」って言ってほしかった訳じゃない。ただ、虚無の空間が、何もない空間が大好きな自分のフォルダーに何も入れないで欲しかった。言葉っていう画像を保存しないで欲しかった。何もアップロードせず消されたかった。ただ、あなたたちはたくさんの画像を私に保存していった。
 努力できる天才に努力した凡人が必死に頑張っても追いつくことはできない。でも、サイノウがある人は才能がない人の気持ちはわからないんだって。それで周りに合わせたら、自分の意志じゃないっていうの。じゃあ、私たちは何を言えばいいの?

これだから本当にカミサマは嫌いになっていくんだ。

 でも、「たまには休もう」「十分頑張ってるよ」「また一緒にゲームしよ」「いつでも待ってるよ」「大変よな。マジつらい」「私たちは大好きだよ」って否定せずにまた遊ぼうと誘ってくれる。頑張れって言わない。何時でも自分が笑うのを待ってくれている。年も性別も違うけど皆ゲームが好きなことだけでネットで出会った大好きな6人の友達といるときは、サイノウの壁なんて一ミリも感じない。どんなに皆が上手でも本心から凄いねって言える。「才能ある人だから言えるんだよ」なんて感じたことがない。
だから、この仲間に出会わせてくれたカミサマは大好きなんだ。
 もしかしたら私は、同じ土俵に長時間いると認識した人を比べてサイノウがある、ないと感じていたのかもしれない。ゲーム仲間は性別も年齢も違く元々別の場所にいる人たちがゲームの間だけ集まる。でも、部活で関わる彼女は、学校にいる間は必ず同じ場所に長く並ぶ。これが違いなのかもしれない。

 でも、本当の正解はカミサマしか知らないのかも。サイノウのカミサマ、私はいつサイノウの壁に当たらなくなるの?いつ、彼女に追いつけるの?