15歳。(深江奏翔)

2021下半期記事, シリーズ1:不自由, 編集の教室

僕の不自由は、人間関係だ。どのくらい不自由かというと、自己紹介の嫌いなものの欄に、(人間関係)と書くくらいだ。
 今まで友人関係や、家族関係で悩んだことはあった。その度に、自分があえて空気を読まなかったり、周りに干渉しないなどして、変わることによって今までやり過ごしてきた。
 しかし、今回僕が悩んでいるのは、「僕は関係ないけど関係している。」といったよくわからない問題だ。
 詳しく説明すると、ある男の子(以下A君)が、他の男の子(以下B君)の元カノ(Cさん)に手を出そうとしているのだ。しかし、B君が怒っているのはこのことではなく、A君が2年付き合っていた他の人と別れた直後にもかかわらず、手を出してきたからだ。それと別れた直後にA君は、わざわざ人に言うまでもないことをLINEで送っていた。簡単に言うと、女の人の扱いがひどいのだ。
しかし、優しい人で、ちゃんと気遣ってくれる人間でもある。
 僕は、その両方の友人であるために、例え10月になり、銀杏の臭いにおいが立ちこめている駐輪場で視線のケンカをぴりぴりさせていても、どっちかに味方することができないのだ。
 その前に、付き合うという行為自体、僕はすごいと思う。なぜなら、「付き合ってください」と言うことに、僕は勇気がいるからだ。近くに、1日に二人にラブレターを送った人がいるが、その人は、どんなことがあっても滅多に落ち込まない心の持ち主だからできていたんだと思う。その人でさえも返事が来て相当落ち込んでいたから、心の弱い僕だと泣いてしまうのではないか。またたとえ付き合えたとしても、デートとか、一緒にいるときに、すれ違いが起きてケンカになり、別れる。みたいなことがないわけではない。考えた上で付き合える。または、起こさないようにできる。から長続きしていたんだと思うと、やはりすごいなと思う。
 そんなスゴイ人たちから、狙われたり、守られていたりしたのだから、Cさんは、相当気持ちがいいだろう。僕がもし、Cさんのような立場なら毎日が恋愛漫画みたいな日々だから、うれしすぎて舞い踊ると思う。
 対して僕は、断られることにおびえ、人生で一回も、今日まで告白したことがない。
そこで僕は一つ疑問が浮かんだ。なぜ、「付き合ってください」と言う文化があるのだろうか。告白しないほうが、告白に1歩踏み出せない人たちも付き合えるだろうし、実際に僕もその一人だからだ。しかし、デメリットもあるわけで、例えば、急に意識してない人が、デートの誘いに来たらそれは怖い。そんなことが起きるかもしれない。
 僕には持論がある。付き合った人達は、理由によって付き合っている期間は、変わるという持論だ。外見、優しさが理由の場合、付き合ってるうちに、いざこざが起きて喧嘩になりそうだ。そして、ぱっと別れてしまう。しかし、共通の共通の趣味があってお互いに分かり合える関係や、、いつの間にか好きになったという場合、いざこざも喧嘩も少なそうだ。そして長続きする。今回のこの人間関係によって、なにか吹っ切れたものがある。今までは、恋愛ドラマを見て「こんな恋僕もしてみたいなぁ」「好きなのにいろんな障害が出てくるのいいな」と思っていた。しかし、今回の一件があってから、「普通の何もない平和、でも楽しい。そんな恋をしておきたい。」と思うようになった。そして、人生で一回くらいは、断られた方が、後々、いい思い出になったり、自分の今後のためになるからチャレンジしてみたほうがいいと思う。
今回のきっかけは、友達の恋愛事情のいざこざだったので、人間関係のすべてを解決できたわけでない。しかし、不自由に思っていたことは、解決できた。自分を相手の立場にすることによって。だから、今後また人間関係で悩んだら、自分を相手の立場に入れ込んで、考えてみることにする。そうして、考えていることを理解した上で文句を言っていきたい。