「承」と「転」(舟木星那)

2021下半期記事, シリーズ3:面白企業にインタビュー, レギュラーコース, 編集の教室

なんなんだ、この人は。

私は思った前向きすぎるこの人は…。
インタビュー前の私に今なら言える。
人間はみんな後ろめたさを持っているわけじゃないんだよ、めっちゃ前向きな人もいるんやぞと。

今回インタビューさせていただいた保理江さんは周りを巻き込む人。
巻き込むのって怖くないのだろうか。
周りから何も言われないのだろうか。
周りから言われたらどう思うのだろうか。

私は周りからは多分周りのことなんか気にしてません、というような楽観的な人間に学校では見えている。実際に「悩みなさそうだよね。」とも言われたことがあるくらいに。
でも、実際は結構気にしている。
周りからどう見えてるのか。
今の発言は大丈夫か。
周りから浮く行動をしていないか。

自分は人と仲良くしたいとはさらさら思っていない。
その人との関係を良好にしておいて自分が持っていない技術が将来使えるような人を準備しておきたいだけだがそのためには人から嫌われたくないし、新しいことにチャレンジすることはしない。

いつも周りに「かわいいね」「わかる」と思ってもいないことを言う。
だからこそ保理江さんの周りを巻き込む行動がどう思っているのか本人に聞きたかった。
聞きたかったんだよ。
たださ、こんな答え帰ってくると思わんやん。

「自分が正しいと思ってる」
「否定的な意見ばかり言うより今の状態のほうが自分は楽しいと思う」

なんでこんなに前向きな考えしか出てこんねん。
少しでも、闇見せてくれたら付け込めるのに…。と心の中でちゃぶ台返してた。

周りの環境もあるのだろうが、ここまで自分を貫けるのはある意味凄いと思う。人を巻き込むにはこれくらいの信念がないと逆に無理なのか?

保理江さんが言っていた、自分の人生で映画を作ってくださいと言われたときに見て面白い物語になるようにしたいという言葉。
私も自分の映画を想像してみたが今の自分の映画は起承転結の起すらおこってないが、保理江さんの映画には想像できないくらいの転があって承があっての繰り返しで面白いのだろう。

だったら、今から私の映画は承と転だけ映画を作っていこうじゃないか。

自分はきっと信念をもって最初から最後まで周りに流されず自分を保っていくことは性格上できないだろう。
だったら、保理江さんみたいに前を向いてシナリオを組み立て生きていくのではなく、
気づいたら始まってて
周りに流されながらも承と転を繰り返す
後ろ歩きしながらいつの間にか前に進む
そんなぶらり感が多い映画が私にはいいのかもしれない。きっとこれはこれで何が起こるのが不明で面白いだろう。

前向き過ぎる映画のキャストは私を困らせてしまったから。でも、私が笑顔で思ってないことを言うように保理江さんが私たちに悟らせないよう気にしてないフリをあの時間ずっと演じ続けていたとしたらそれは保理江さんの人生がテーマの映画はきっと主役は道化師がキャスティングされるだろう。