乗れない僕と乗ってほしい自転車(深江奏翔)

2021上半期記事, シリーズ1:不自由, 編集の教室

「深江君自転車乗れないの?乗れたらもっとたのしいよ。」
友達がふと発した言葉です。
僕の不自由に思っている事は自転車に乗れないことです。不自由だと思うときは、学校に行くときに近所の同じ学校の友達は、15分で学校に着くのに、僕の場合は30分も掛かってしまうときです。また遅くなった分、学校で他の友達と昨日のテレビの話や勉強の話をしゃべる時間が少なくなってしまうこともあります。
小学6年生の頃は、必死に乗ろうと頑張っていたのですが、こける度に自転車の塗装が剥がれていくのを見て、壊したくなくて練習をしなくなりました。そして今では、家の倉庫で「ノッテクレヨー」と使ってもらえるのを待っています。

何回も自転車を練習して乗れるようになったら、風や歩いている人を抜かすのが心地よかったり、音がどんどん変わっていくのが斬新だったりするので、登校がとても楽しいものになるだろうなと思います。
自転車も
「ヤットコノ人トハシレルーーーー」
と喜ぶことでしょう。
そう思ってくれたら練習した甲斐があるなと思えると思います。

乗れなくて困ってはいるものの、乗っていなくてよい点もあります。例えば、自転車は車の道を通らなくてはいけなく、通るだけでどきっとします。横からブオーンとエンジンを鳴らして来られると頭が真っ白になり手の感覚がなくなります。しかし自転車に乗っていなければ、通らなくて済むので良いなと思います。
また、学校に行く道にいちょうや、さくらの木などの植物のふんわりした匂いがしたり、雀や蝶がチュンチュンと鳴きながら飛んでいる姿を見て、心が落ち着きます。それをじっくり見ながら学校に行くと、良いモチベーションで授業を受けられて、内容がよく入ってきます。
このように、良いことも悪いこともあるので、一応自転車に乗れるようにはなっておきたいです。そして、「今日はモヤモヤしているからあるこう。」とか「今日は雨だから濡れたくない。だから、自転車でささっといこう。」などと通学手段を変えることができるようになりたいです。