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守ることで心地よくなれるもの(竹田梨乃)

私はルールを守らない人が嫌いだ。

その人がルールを守らなかっただけなのに、私まで怒られる事があるからだ。そのひとだけ怒られるならルールを守らなくても私には関係無い。でも、同じクラスだったが為に嫌な時間を過ごさなければならないのは苦痛だ。
例えば、服装検査の待ち時間に騒いでいた子のせいでクラス全員怒られたとき。気分が沈んで心が暗くなった。「私には関係ない」そんな考えができればどれだけよかったか。自分のこと以外で少し怒られただけなのに、そのあとの掃除、SHRでもずっと心に穴があいているような感覚だった。そんなことで落ち込みすぎだと思う人もいると思うが、私にはそのくらい重い出来事だった。

今回のインタビューで、羽渕さんは「ルールを守らない人は人間らしい」「ルールは変えられる」と言っていた。しかし私は、ルールを守らなかった人のせいで自分が嫌な思いをしたのに、「それが人間」と思えるほど広い心は持っていない。それに、ルールは変えられないと思う。

私がルールを変えられないと思う理由は、今あるルールは「必要なもの」か、「変えたくても変えられなかったもの」のどちらかだと考えたからだ。「必要なもの」は変える必要がないし、「変えたくても変えられなかったもの」は変えられないことが分かっている。

しかし、今までに変わってきたルールもある。でもそれは大人の中でルールを変えたいと思った人が多かったからではないかと思う。子供が言ったところで「ルールだからいうことを聞け」と言われればそれまでだ。これに関しては、しょうがないと思う。私はルールがおかしいなどはあまり考えずにこういうものだと思って育ってきたし、おかしいと思えば納得できる理由を探した。

でも、理由を考えてもわからなかった校則がある。それは、髪を結ばなければならない、ツーブロックの禁止など、髪型を制限するものだ。自分の中でしっくりくる理由が見つからなかった私は、ネットで調べてみた。
そして分かったのがルールで縛ることで平等にしようとしているのではないかという考えだ。例えば、
生徒A:髪を染めていて、靴にお金がかかっている。
生徒B:髪を染めていず、靴は安いもの。
生徒Aと生徒Bには金銭面での差が感じられる(おしゃれに興味がないだけかもしれないが)。中学校は義務教育であるため、生活できるだけのお金があればどれだけお金に余裕があっても同じ学校に通うことになる。そこで髪や靴に自由さが生まれれば、生徒同士のスクールカーストが今よりも明確になってしまう。そこで、髪や服装に対して直接的な理由がなくともルールが必要なのではないかと考えた。

ここまで考えて私は止まった。髪を結ぶか結ばないか程度でそこまでの差は感じられないと思ったからだ。それではなぜ髪型が厳しく制限されているのか。私は、髪型はルールではなく、慣習だからという考えになった。ルールは規則、決まりである。慣習は歴史的に成立し、社会一般に通ずるならわしである。髪型はある程度自由でもいいかもしれないが、昔の制度がいままで引き継がれているため、細かく決まっているのではないだろうか。また、社会人になれば髪型のマナーを守らなければならない。社会人は、パッとみた時の誠実さと清潔感を求められる。これができていないとマイナスポイントとして受け取られることもある。社会に出るための練習と言われる学校では髪型のマナーを守らなければならないのだ。
ルールは絶対守らなくてはならなくて、マナーは守れたら素敵なものだと思う。どちらにしても、守ることで心地よくなれるものだ。決まりを守ることで気持ちよく過ごせるなら、髪型を守ることも大切だと思う。

羽渕さんの言葉を聞いて、ルールについて考えた。私はルールを変えることはできなくても、減らすことはできると思うようになった。

例えば、「ポイ捨てしない」というルールだ。先日、好きなYouTuberさんが町内会の人に混ざって、ゴミ拾いをする動画をあげていた。歩道の横に植えてある植物の影などの見えにくいところに捨てているような人が多かった。私自身、部活でゴミ拾いをしたことがあり、意外と落ちていることを知った。
このように、ゴミを道に捨ててはいけないという当たり前のことができない人がいると、ルールを決めなければいけない。

私は将来、ルールがほとんど無いようなところで生きていきたい。

そのためには、ゴミ拾いの例で言うと、ゴミ拾いをやってみればいいと思う。ゴミ拾いをやっていたら汚いということに気づくから、捨てないようにすると思う。先程話に出した動画で、町内会の会長さんが、前は道にタバコを捨てていたけど、ゴミ拾いを始めてからは見られていなくてもゴミを捨てないようになったと言っていた。

そうやって、ルールではなく、マナーとして守れるようになったらいいなと思う。

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