注文の多いパッケージ店(深江奏翔)

2021上半期記事, シリーズ3:面白企業にインタビュー, 編集の教室

僕は凸版印刷株式会社の西崎さんと佐藤部長にインタビューした。
質問するにあたって、自分の中で「凸版に務めているのだから、凸の字かけるのかな」と悪戯心が出て来た。実に悪い人の顔をして、手元に漢字辞典を用意した。
凸の字で結構時間を費やすだろうと思っていたが、入社したときに覚えていらっしゃっていてすんなりと終わってしまった。
そこで、引き下がるまいと次の質問をした。「凸版という難しく、わかりにくい会社に入ったのは、なぜなのか」そう思ったのは、僕は印刷業のお仕事なら、他の印刷会社もあり、わざわざ凸版のような領収書を店員さんに書いてもらうときに会社の名前の書き方を聞かれるようなことが少ないだろうからだ。

凸版は、印刷だけではなくパッケージも手がけているとのことだったので、パッケージの方から攻めてみた。
パッケージというものは食べ物を守るなどの役割が終わると通常すててしまうものだ。パッケージをつくっている人は自分がパッケージをすてるとき、どのような気持ちなんだろうか。西崎さんは大量にある内のひとつだから、悲しまない。佐藤さんは、こだわって作ったパッケージはマニアの人が大事にしてくれている。たしかに、クラスのパッケージマニアの人が結構年代物のポテトチップスのパッケージの写真をお守りのようにカバンに入れている。

今度はすてるつながりですてられないものについて聞いてみた。捨てられない理由について、3つ出てきた。
一つ目は、西崎さんの例。どんどん捨ててしまう派だけど、手帳には見に行った「鬼滅の刃」の映画のチケットや、凶のおみくじを入れている。理由は思い出として残したり、凶のおみくじで自分を奮い立たせるためだ。
二つ目は、佐藤さんの例だ。スマホの箱や綺麗なデザインがあったら捨てられない。だからどんどん部屋汚くなるそうだ。理由は、綺麗なデザインを集めて、コレクションにするためだ。
三つ目は、自分の例。以前USJのイベントでのワンピースのクッキーの箱を捨てられなかった。理由は、思い出としてだ。

僕は、パッケージにひとつ疑問が生まれた。パッケージは、最悪包めばいいのだから、無地でも良いのではないかと。そのほうが考える時間や、コストが抑えられると思うからだ。しかし、デザインをつけることで、手にとってもらいやすさを上げたり、デザイン、色を思い返させることができる。その戦略の形になったのが、パッケージだ。

「商品を作る会社と、パッケージを作る会社でケンカすることもあるんですか?」と聞いてみた。

「喧嘩ではなく、議論にはなる。」
「なぜなら、私たちはコミュニケーションのプロだから」


僕は最初は「?」と思った。
しかし、お互いの案を言い合って、さらに良いものを作っていく。けんかではあるが、商品の愛が故のケンカだから悪いことではないだろう。
そこにコミュニケーションを感じた。
だから、パッケージはミュニケーションだと思った。
パッケージを作る会社から商品を作る会社へ。パッケージを作る会社と商品を作る会社からお客さんへ。お客さんからお客さんへ。言葉のないコミュニケーションである。