ケンカは良いこと?悪いこと?〜文化を中心に考える〜(齋藤 澪)

編集の教室, 静岡スペシャル


 原爆は私には関係ない遠いもののように感じていました。
 私が考える原爆とは、戦争が起こり、爆弾が落とされ、たくさんの人が亡くなった出来事というぐらいしか分かりませんでした。しかし、住岡さんにインタビューをして戦争や原爆についての知識が深まったと思います。

 私は戦争には2つの文化があるということを教えてもらいました。1つ目は平和文化です。平和文化は、みんなの幸せを願う文化であり平和そのものが表されている文化だと考えられているそうです。2つ目は戦争文化です。戦争文化は、自分だけの幸せを願い、自分さえ良ければいいという思いの文化だと考えられているそうです。私の場合、たまに妹とケンカをします。ケンカをしはじめた時は、お互い自分のことしか考えてないので、戦争文化になると思います。しかし、母に止められたりどちらかが誤ったりして解決したら、平和文化になると思います。ケンカは結果的に良いことになるのではないでしょうか?このように、小さな出来事でも平和文化と戦争文化に分けることができるのです。住岡さんはどちらの文化も大切だと言っていました。しかし、私はどちらかに片寄が出てしまうのではないかと思いました。平和文化でみんなのことを考え過ぎると自分がしんどくなると考えられるからです。

 住岡さんは私たちにできることはいくらでもあると言っていました。私たちにできることといえば原爆の恐ろしさを誰かに伝えることだと思います。しかし、知りたい人、知りたくない人それぞれいると思います。また、近くにいる人たちにはすぐに伝えられるけど、遠くにいる人たちにはすぐに伝えるのは難しいと思います。なので、私はインターネットや本を使って原爆を広めていくのが1番ベストな方法だと考えました。住岡さんが住んでいる広島県では平和教育があり、学校で核兵器について学んでいるそうです。広島県だけでなく、他の都道府県でも核兵器について学べば原爆を知る1つの方法になると思います。

 私の名前の「澪」という文字を見て、住岡さんは「ハチドリのひとしずくみたいな名前だね」と言ってくれました。みなさんは、ハチドリのひとしずくというお話を知っていますか?ハチドリのひとしずくというお話は、森が燃えてハチドリが行ったり来たりと口ばしで水のしずくを一滴ずつ火の上に落として、できることをしていくお話です。ハチドリのひとしずくの中のハチドリは私たちではないでしょうか?私たちができることは小さいことかもしれません。しかし、できることがあるのならばハチドリのように諦めずに続けていくことが大切だと思います。それが未来へ原爆の恐ろしさを伝える第一歩だと私は思います。