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ANAは空に何を夢見るのか。[D-Stadium編集部・企業インタビュー:ANAホールディングス株式会社]

ANAグループ全体の経営戦略、経営管理を行うANAホールディングス株式会社。そこに、デジタル・デザイン・ラボ(以下、DD-lab)という名の新規事業開発を行う部署がある。DD-labは、ドローンによる配送、宇宙を利用した超高速移動、物理的な移動が不要となるアバターの活用など、ANA=旅客機という概念をある意味内側から覆すような新規事業開発を柱としている。

今回、2016年のDD-lab発足時から在籍し、エアモビリティ事業化プロジェクトリーダーとして、ドローンによる配送や空飛ぶクルマの事業化に取り組む保理江裕己さんに話を伺った。「空が好き」と話す保理江さんにとっての「空」とは、ANAという会社にとっての「空」とは、どういう存在なのだろうか?

「幼い頃は、飛行機が苦手だったんです。あのふわっとする感覚が怖くて」

ANAホールディングス(株)デジタル・デザイン・ラボ 保理江裕己さん

ー中学生に対して事業を紹介していただたときに、保理江さんが「さまざまな新規事業を試行するなか、自分は「空が好き」だと改めて思ってドローンや空飛ぶクルマの事業を手がけることにした」とおっしゃっていたのが印象に残っています。保理江さんにとって「空が好き」とはどういう意味をもっていますか。

保理江さん(以下、敬称略):なんだろうな、一つは、純粋に好きだなとか美しいなっていうところですよね。両親の影響もあると思います。父親が旅行が好きでよく乗っていたとか、母親と一緒に流れ星を見に行ったりだとか。

とは言うものの、幼い頃は飛行機が苦手だったんです。ジェットコースターみたいな感じでふわっとするじゃないですか。ああいう感覚が怖くて嫌いだったんですよね。ただ、それは何かきっかけがあったというよりは、何回か乗るうちに平気になっていきました。あとは、最先端のテクノロジーとして、飛行機や宇宙に魅力を感じていました。

中学生の頃から、進路選択するときにずっと航空宇宙の分野には魅力を感じてて、結局、大学は工学部の金属や材料を研究するところに入ったんですけど、そこでも壊れたロケットの解析とかして、ずっと航空とか宇宙とかに関係するところを選んできたんです。

新規事業を作ろうとした時、やっぱりその業界に心底詳しい人が事業を興していくことができるんですよね。僕のなかで誇れるもの、軸足にしたい分野ってなんだろうと思った時に、空の知識は人よりも詳しいなという自負がありました。それがもう一つですね。

「非日常的でポジティブな感情を想起させる空がもっと身近になったら」

飛行機の窓から見た地上

ー保理江さんにとっての「純粋に空が好き」の体感的なところってどこにあると思いますか?

保理江:美しいなとか色が面白いなというのもありますし、あとはやっぱり「飛行機に乗った時の感覚」が面白いなというのは思ってます。

ー「嫌い」から「好き」になったんですね。

保理江:窓際に座って、街が小さく見えたりすると、それこそ宇宙から見た地球じゃないですけど、相対的に自分が小さく思えたりとか、メタ化されて何かしら違う視点になる気がしたりするんですよね。いつもと違う脳のモードになるのが心地いいなと思ってて。だから、考えごとや読書にいい、内省的な時間になってるのかもしれないです。そういう意味でも、飛行機の中の空間が面白いなと思ったり、景色がいつもと違うことによる変化があるのかなと思ったりしています。

密な街も好きなんですけど、空は混んでないし、大きな気持ちになる。ぎゅーって縮こまってるのが、「まあいっか」みたいな気持ちになりますよね。そのいつもと違う感覚っていうのが気持ちいい。

ー「夢」とか「希望」とか「未来」とか、なんとなく良さそうなもの、ポジティブなものと「空」が結びつけられることが多いと思うんですが、それについてはどう思いますか?

保理江:それってすごくいいことだと思ってます。大学の頃に、飛行機で海外に旅行に行って、自分が知らない街を一人で歩いたり主体的に動いたりしたのが刺激的だったんですよね。そういう非日常的でポジティブな感情や体験を想起させるのが「空」なんじゃないかなと思います。それをもっと身近にしたいというのがいま思っていることですね。

ーもっと身近にしたいとは?

保理江:そしたら平和にならないかなって。自分が極小化されるからこそ、人に優しくなれるみたいな。窓におでこをくっつけて下を見た時の「みんなちっちゃいな」っていう視覚的なイメージ。それをどんどん突き詰めていったら、最終的には平和につながるんじゃないかなという感覚があるんですよね。

「トラック競技か、ジャングルのサバイバルゲームか」

ANA創業は1952年。当時は日本ヘリコプター輸送という社名だった

ーパイロットが使うマニュアルを作成する部門、整備部門の技術部門を経て、DD-labの公募に通って入られたということですが、それまでされてきた、安全性や正確性を求められる旅客機の業務と、イノベーションを起こす新規事業というのは、保理江さんの中でどう折り合いをつけられてますか。

保理江:飛行機を定時通りに安全に飛ばす、というのがエアラインとしてお客様に提供できる最善の価値で、そのためには余計なものを削ぎ落とすことが必要になるんですよね。リスクを先回りして排除していくような。

もともとANAはヘリコプター2機のベンチャー企業として始まって、新しいものを取り入れて大きくなってきて今年で70年という会社なんです。

ただ、多くの社員が飛行機を飛ばすために働いているなかで、マインドとして新しいものを取り入れるとか、無駄かもしれないことを探しにいく感度がどうしても薄れてしまう。世の中がものすごいスピードで変化して新しいものが生まれているなか、そういうものを探さないことがリスクになる。だから、そのために僕らのような部署があり、ANAという企業の存続のために必要なことをやっているという感覚なので、僕らとしては筋は通ってるんですよね。

ー保理江さん自身にとってはどうですか? これまでの部署といまの部署とで何が違いますか。

保理江:スポーツの競技が変わったような感じですね。両方とも素晴らしいんですけど、種類が違う。使う筋肉が違う。そういう感じはあるかもしれないですね。陸上のトラック競技で整備されたところを正確にきっちり走るっていうのと、アマゾンの中に一人で放り込まれて「何か新しい価値を見つけて来い」って言われるようなサバイバルゲームのようなものと。先が見えなくても、一歩前に踏み出そうみたいな。自転車を乗れるようになる時って、自分でやってみないとわからないですよね。そんな感じで、まず漕いでみようっていう。

「空が縦に広がってますね。物理空間として」

空飛ぶクルマは2025年の大阪万博でのサービス提供を目指している

ー新規事業を開発されている保理江さんにとっての「空」はどんなものですか。

保理江:事業の対象物としてというのが一つ。そのなかで、物理空間として広がっている感じはありますね。飛行機が飛んでいるのは雲の上ですけど、いま僕が携わるドローンや空飛ぶクルマーークルマと言ってますけど、電動の航空機なんですーーは、雲の下が事業領域なので、そういう意味では空が縦に広がってますね。

ー非日常である空と、日常生活である地上を近づけるような?

保理江:そうそう、まさにそんな感じです。日常に近づけたい感じはありますね。

ドローン使うと空から届くんですよ。しかも、おでんだったらまだあったかい。「空から届いた!」というのを目の当たりにした時の感動があって、それも含めて新しい価値を作っていると思うんですよね。空飛ぶクルマもそうで、日常的にもっと空を使って、より豊かに、新しい価値として提供できないかなと思っています。空飛ぶクルマに乗って神戸から白浜に行こうか、みたいな。

ANAという会社は乗り物を変えながら「移動」という体験をみなさんに提供してきてるんですよね。最初はヘリコプターの会社として、ヘリコプターで人を運んだ。短く飛べる飛行機で国内線を飛ばした。さらに長い距離を飛べる飛行機で国際線も飛ばす。今度は、電動の航空機で低い高度をすぐに移動する。宇宙を使って超高速で移動する。アバターはロボットを使って、人間の一部だけだけど瞬間移動する。そういう新しい「移動」の価値を提供していると思っています。


保理江さんの話をお聞きしていると、空が日常に近づいたり、もっと遠くへ広がっていったり、さらには空間を超越していったりと、保理江さんにとっての「非日常でポジティブなもの」としての空の概念がふくらんでいくようだった。「空を飛びたい」という人類がずっと思い描いてきた「夢」が、いま、私たちの日常をさらに変えようとしているように感じた。

中学生の取材を受け

中学生から出てくる質問がどれも哲学的な問いだなと感じました。知らない大人に質問を考えると言われても結構大変だっただろうなと思いながら、ちゃんと印象を捉えて質問してもらったと感じています。いい経験になっていたらいいなと思います。


■D-Stadium「編集の教室」に参加の中学生が書いた企業インタビュー記事は、こちらから。

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