揺らぎのある存在を受け入れることから始まった。[D-Stadium編集部・企業インタビュー:株式会社アイシン]
愛知に拠点を置く大手自動車部品メーカー、株式会社アイシン。メインであるモビリティ事業、エネルギー関連事業のほか、新規事業として美容業界にも進出している。
そのきっかけとなったのは、「AIR (アイル)」と名付けられた微細な水粒子の発見。そのAIRが肌トラブルの改善などに効果があることがわかってきたことで美容業界に進出したとか。さらにその開発のそもそもは、ベッド事業(2020年3月で終了)として、快適な睡眠を追求しはじめた結果だという。
角を曲がったら別の道が見えたから。失礼ながら、そんな行き当たりばったりにも聞こえたその事業。本当に偶然?それとも必然だったのか。その開発に取り組んできた、イノベーションセンターAIRビジネス推進室、室長の井上慎介さんにお話を伺った。
ベッドのフレーム設計が仕事だったはずなのに。
ー井上さんは自動車部品の分野ではなく、最初からベッド事業に?
井上:そうなんです、最初に配属されたのがベッド事業で、ベッドフレームの設計からスタートしました。元々材料力学を勉強していたので、ベッドがどれだけの体重に耐えられるかを計算したり。でも、質の高い睡眠を追求しようと思うと、ベッドだけではなく、寝室空間や睡眠の環境も重要なんですよね。温度や湿度、気流の影響など様々な因子もあるし、昼間にストレスを受けていたら寝られないってこともありますし、毎日一緒でない状況にいかに適応して良い環境、良い睡眠を作るか、が大事なのではないか?そう考えるようになったのがきっかけで、睡眠の質の向上を目指す研究に着手しました。
―ベッドのフレーム設計のはずが、睡眠の研究に。
井上:会社としての事業はベッドフレームやマットレスを製造して販売することなので、その時点で逸脱してますよね(笑)。その頃会社に実験住宅があって、そこで間違いなく私が一番寝泊まりしていました。自分にセンサーをいっぱい貼って睡眠を測ったり、どういう刺激を与えたらどういう睡眠になるのか、とか。
誤差範囲の広い「人間」という存在。
井上:本腰入れて睡眠を研究し始めて思ったのは、人間って個体差、個人差をどう捉えるか、が非常に面白いんだなって。アイシンのメイン事業である自動車は、命に関わるのでいかに安定して良い品質をつくるかが大事で「誤差はあってはならない」という文化なのですが、人間は真逆で基本違っているのが当たり前。誤差範囲の広さをどう「快適」というところに収めていくか、面白いテーマだと思いました。
―それって人間ってめんどくさい!となりそうなのに、そうはならなかったんですか?
井上:ならなかったんですよね。それはこれまでの経験が影響しているのかも。大学時代、構造設計の妥当性を計算と理論の両面で評価する研究をしていたんですが、人間の骨で実験することがあって。人間の骨って中がスカスカだし、当然一律の構造じゃないし、なんだこれ、どうやって計算するんだろうって。そういう出会いがあった。しかも入社して最初に扱ったのが木のベッドフレームだったんです。ばらつきがむちゃくちゃ大きくてまともに計算しても保証できないものにまた出会った。
―たしかに金属だけ勉強していたらイライラしかなかったかもしれませんよね。
井上:イライラしかなかったでしょうね。でも木という素材をなんとか設計計算して形にする提案をして。そういう経験があったから、人間の個体差も面白いな、って思えた
揺らぎを理解していたから「多分すごいデータだな」と。
―それはAIRの開発にも繋がってくるのでしょうか?
井上:AIRの存在を証明するためのメカニズム解明とか技術的な話は別にして、AIRの価値に気がつけたのはそういう自分だったからだと思っているんです。AIRは世界初の技術だし、目に見えないから信じてもらいにくい。だから他の研究機関に協力してもらって実験を重ねていたのですが、人間にはリズムがあったりするので、データ自体が揺らぐ。だから普通に見たらその差は優位性があるかどうか分からないんですよね。でも人間のばらつきを理解した上で読むと「これは多分すごいデータだな」と。だからAIRの可能性を追求していけたんです。「これはいける」と。
むしろ水は全然得意じゃない。
―AIRの開発までたどり着いて、そもそもの出発地点だった「睡眠」に還元するのではなく、「美容」に進んだのも不思議で。どうしてなんだろうって。
井上:研究が進むにつれAIRにいろんな可能性がでてきて、この技術はどこで一番価値が発揮できて、お客さんの嬉しさに直結するのか?を追求したんです。結果、美容に着目した。私が大事にしているのは、お客さんに新しい価値や嬉しさを提供すること。そういう意味では、私にとってはAIRはお客さんに新しい価値や嬉しさを提供するための手段のひとつなんですよね。これから一人一人に合わせていかに適切な価値を提供できるか、が課題ではあるんですけど。
―その存在や効果の立証は、「ノーベル賞級」と言われる方もいらっしゃるくらい難しい研究なんですよね。それでも、あくまでもお客さんに嬉しさを提供する手段であると。
井上:お客さんに使っていただかないとどれだけいい技術があっても意味がないです。そう考えるようになったのは、ベッド事業で直接お客さんと関わっていたからかもしれませんね。現場でお客さんから褒められることも怒られることもあって、生の声が自分の開発のモチベーションになっていた。B to Bがメインの会社で、貴重な経験をさせてもらっていたのだと思います。
―なるほど。ここまで井上さんのお話を伺って、偶然が重なってたまたま新規事業になったわけではないんだなと感じます。なんというか、井上さんにはその奥に見ているものがあるような。
井上:うーん、そうですね、「人間」というキーワードかな。むしろ水は全然得意じゃないですよ(笑)。「新しい価値を提供する」なんて道筋はひとつではないと思ってて。そこに行き着くために手段はいくらでも考える。そうして自分の手を動かして失敗を重ねながら、着実に歩を進めていくだけです。
中学生の取材を受けて
分かる、分からないが凄く正直に返ってくる。目指す所や方向性を共有していない中で、お話しすることの難しさを改めて認識でき良い勉強になりました。少しでも今後の行動変容のきっかけになってくれればと嬉しいと思いつつ、反省の方が勝ってます(笑)。