カエルと牛(宮崎市立青島中学校:学生K)

シリーズ2:面白人にインタビュー, スクールコース, 編集の教室, 青島中学校

僕とかえる君の出会いは、「偶然」だ。

ある日、面白人へのインタビューをするようになり、僕は「どれにしようかな~♪」という軽い気持ちでホームページを探していた。

そのとき「食べられるカエルを作れないか」という言葉を見つけ、正直カエルを食べるという考え方が信じられなかった。普通、カエルは自然にいて、見つけても水槽で飼育するものだ。まして食べるなんてもってのほかだ。カエルを食べるのは、黒板を爪でひっかいて出る音と同じくらい嫌だ。しかし、それを進めようとしているかえる君自身に興味をもってしまいインタビューをしてみようと思った。

まずは、なぜ自分が好きなカエルを食べられるのかと聞いてみた。そしたら「好きなカエルをもっと好きになりたい。」「カエルを自分の身体の一部にしたいと思ったから。」という言葉が返ってきた。正直びっくりした。

次にその好きなカエルを食べるときにはどんな気持ちで食べているのだろうかと疑問に思った。予想では「おいしい」「カエル好き~」などの言葉が返ってくると思っていたけれど、カエル君の口からは「罪悪感」という言葉が出てきた。

しかもすごいのはここからだ。もし僕が大好きな牛を育てていて、その牛を食べたときに罪悪感を感じたのなら、きっと全然おいしく感じなくなって、それ以降は牛をもっとかわいがって飼育するようになると思う。

しかしかえる君は違っていた。カエル君はそのおいしくなかったカエルをいかにおいしく食べてもらおうかと考えて、料理をするようになった。ここまで聞いていて、なぜか僕はカエルを食べることが普通のように思えてきた。実際、かえる君は都農町のイベントで焼き鳥ならぬ「焼きガエル」を80本も売っていた。

売っている店先で「気持ち悪い」という声が聞こえたら、どんな気持ちになるのかを聞いてみると「悲しい気持ちになる⤵︎」と返事が来た。けれど、そこからかえる君は「見た目と味のギャップを楽しいんでほしい」と言った。きっと僕ならば「罪悪感」を感じた時と同じようにあきらめてしまうかもしれないのに、かえる君は前向きで心が折れないところがすごいと思った。「カエルのナゲット」
「カエルの骨のスープ」などにも挑戦したらしい。僕はカエルの肉だけでなく骨も調理するなんてスゴイって感心してしまった。

そこで「この大好きなカエルってどこから手に入れているのだろう。」ふと僕は気になった。こんな大量の食べるためのカエルを出荷しているところを僕は知らないからだ。かえる君が自分自身で約400匹も飼育しているということを聞いて。思わずカエルがあふれんばかりの水槽を想像してゾッとしてしまった。そのカエルを育てていく中で、死んでしまうカエルもいるらしい。けれど、その死んだカエルは生きているカエルのえさになっているということだ。思わず「それってSDGsじゃん」と思った。また、カエルのオタマジャクシの調理にも挑戦したことがあって、味はどじょうに似ているらしい。ただ、オタマジャクシのスープはヌメヌメしていてお勧めできないらしい。ということは、一回はこの料理を作ったということだ。どこまで貪欲なんだと思った。

最後に、かえる君から僕に「スーパーマーケットで売っているパック入りの牛肉についてどう思う?」と質問があった。僕は大好きな牛とパックで売られている牛肉は、全くの別物だと思っていた。けれどかえる君は、「元々は、そのスーパーマーケットのパック入りの牛肉も命があったはずだから、同じものだよ。」と言っていた。そして、「僕は命を引き継いでいるのだなぁ」とその時に改めて感じたらしい。

かえる君のこの言葉はとても意味が深いと思った。僕もこのインタビューを終えて、改めて考えると「命というものは大切だ」と思うようになった。