自由に生きる自由人?~湯川カナさんに聞いてみた~(佐藤 世壱)

編集の教室



毎週水曜日、7時30分にZOOMを開く。夕食を食べ、熱いお風呂に入り準備万端。
どうやら今日は、初のインタビューをし、文章にまとめる準備をするそうだ。
インタビューをするのは、ゲバラの服を着た、湯川カナさん。服のせいか、インパクトが大きい。なぜか、湯川さんの画面が、少し黄色い。どんな過去があったかとても気になる。いつものように編集の教室が始まった。

世壱:湯川さんはなぜ、ヤフージャパンに入ろうと決心したのですか?

湯川:ヤフージャパンに入ろうと決心したのは、「どうなるかまったくわからないから、超たのしみ!」というのが、いちばん大きな理由です。ふたつの選択肢があると、ワクワクする方を選ぶタイプです。
もうひとつ、大学時代に憲法を学んでいて、すべての日本国民には自由と幸福を追求する権利があると知りました。「インターネットは、フラット(平等)な社会をつくるんだ。人間はもっと自由になるんだ」という、ヤフー創設者(ジェリー・ヤン)の言葉に、グッときて、ぜひその実現をこの手でやってみたい、と思ったのもあります。

世壱:二つの理由で、ヤフージャパンに入ったんですね。その後、ヤフーを辞め、スペインに突然渡ったことに、抵抗感はなかったのですか?

湯川:私はヤフーで働きすぎてしまい、過労死直前にもなりました。そこで、全部をリセットしようと決めて選んだのが、スペインです。できれば無人島でもいいなと思っていました。何もないところからのスタートは、希望にあふれていたので、抵抗感はありませんでした。

無人島で野宿したこともあり、なぜだか共感できる。無人島についたらまず、ベース基地を作り、その後、食料確保。釣りをしたり、海に潜って魚を突く。無人島で起こることはいつも、ワクワクの塊だ。

世壱:なるほど。確かに無人島はゼロからのスタートだからワクワクしますよね。スペインに行ってどんなこと印象的でしたか?

湯川:一つは、ヨーロッパが統合したことです。ヨーロッパ中に、花火があがり、みんなが希望に湧きたっていたことです。
もう一つは、働くことの本質に気づけたことです。日本は働くために生きる、スペインは生きるために働くことを知り、衝撃を受けました。スペインに行って、もっと自由に生きていい、死ななければどうにでもなるということを学びました。

湯川さんとのインタビューは刻刻と過ぎていく。一年前、SDGsに興味を持ち、持続可能な社会とは何だろうと考えてきた。特に日本の環境問題について解決したいと思い、アクションを自分なりに起こしてきた。ヨーロッパのように、北欧のように、社会問題へのみんなの意識を上げるにはどうすればいいか。最後にどうしても湯川さんに聞きたいことがある。

世壱:最後に、リベルタ学舎からD-stadiumを始めようと考えた動機は何ですか、また、湯川さんの思う持続可能な社会とはどんなものですか?

湯川:D-Stadiumのキーワードが自由ということで、可能性を感じたからです。革命家のゲバラのように、私は国とか大きなものが自由を与えてくれるのではなくて、社会をもっと楽しくさせたいという人たちが集まって声を上げて、つながって、自分たちが欲しい自由を手に入れていくというのがほんとに楽しいと思っているんです。言い換えれば、リベルタ学舎は革命予備軍養成所であり、自分の考えを持って「もっと自由になりたい、もっと幸せになりたい」といえる人が、大人も子供も年齢関係なく増えていくのが、みんな自由になること、そこの地域が自由になることだと私は思っているんです。そんな中、山田さんと馬が合いリベルタ学舎からD-stadiumを始めようとしました。私の思う持続可能な社会、自分が持続可能になるためには、自分がどうやったら幸せかを言えてそれを実現していく力があること。みんながそういうふうに一人一人がなっていくのが自由になることだと思っています。

湯川さんの今までの人生は、簡単に一言では表せないものだった。ヤフーにスペイン、リベルタ学舎。常に自由を求めてきた。そんな人に初のインタビューをさせていただきとても光栄。自由は一見簡単に見えるが、意外に難しい。自分にとっての自由は何か、自由に生きるとは何かと考えることが大切じゃないかって、今、思う。