自ら行動できる最初のステップ (佐藤 世壱)

シリーズ3:面白人にインタビュー, 編集の教室


難民を助ける会社「ピープルポート」を立ち上げた青山さんにインタビューをさせてもらう。
SDGsの環境面については興味があるが、「難民って何ですか?」と聞かれたら答えるまでに間が空いてしまうくらい難民について僕は、知らない。「かわいそうだな」「どうにかしたいな。」とテレビのCM を見て思うこともあるけど僕の意識の中で具体的な行動には移っていないのが現実だ。プラスチックごみが海岸に打ち上ったり、気候変動により魚が取れなくなったり、環境については自分の生活と関わることがいくつかある。自分にとって“難民”は、海外の人々のイメージしかなく、なかなか直接出会う機会もない。ロヒンギャやシリア、迫害や戦争から難を受けているニュースをラジオで聞いたこともある。自分には関係がないと思っていた難民、そして難民を助けようと思ったきっかけについてお話を聞いてみた。


時代は1930年3月、カンボジアでクーデターが勃発。
青山さんは自己紹介で早速この話をしてくれました。
「まだ幼くて、家族がみんな離れ離れに。夜は毎日バン、バンと銃声が鳴り響いていた。食料もなく生き残る手段がなくて、銃を手に取り何にも人を殺してしまった。それでもあの時は銃を持つしかなかった。もしかしたら、遠い親戚や友達を殺してしまったかもしれない。あのつらい過去を2度と繰り返さないでほしい・・・」

世壱:「カンボジアのこのお話にどんな想いがありますか?」

青山さん:「実はね、若い時に、カンボジアに行って道端にいたおじちゃんが僕に話してくれた大切な言葉なんです。あの時の衝撃は忘れられないね。今でも、おじちゃんの言葉が鮮明に残っているよ。」


青山さんは、今人種・宗教に関係なく尊重しあえる多文化共生社会を目指し、難民に安心して働く機会を提供している。主に、使われなくなったPCなどを企業から回収し、ecoパソコンとして使ってもらえるように、再生し販売している。そこで青山さんが最も大切にしていることは社員同士でコミュニケーションをとること。言葉や文化が違っても誰もが安心して働ける環境も提供している。

青山さん:「日本で難民申請した人が認定される割合はたったの「0.4%」。およそ1万人以上の申請に対して、わずか42人しか認定されないって知ってる?ビックリする数値だよね。難民っていうのは、母国での紛争や迫害などを理由にたくさんの国に逃れている人たち。「国を渡ることが大変」っていうけど、本当は逃れた国での生活も大変と感じる人も多いのが現実。この問題に課題意識を持ち、日本にいる難民の貧困と孤立、そして社会の無関心さを解決しようと思ったんだ。難民といわれる人たちを受け入れ、その後の生活が持続できるまでサポートすることが目的だよ。」


初めてこの大きな問題について触れ、難民の問題はSDGsの「誰一人取り残さない」、キーワードの一つであると思った。
難民といわれる人は一般的な社会の循環から遠くなっているのが現実。その状態から難民といわれる人たちを良い循環に戻していくこと。その行動は青山さんの真心のような気がした。

さてさて、本題でもあるなぜそもそも難民を助けようと思ったきっかけについて聞いてみよう。僕は、ソーシャルビジネスをしている先輩方が、なぜその社会問題を解決しようと思ったのかというきっかけを聞くのが好き。皆さん、それぞれのたくさんの体験や経験を通してそれぞれの思いを持ち活動しているのが、なぜだか面白い。先輩方からお話を聞くと、いつも新聞の一面のように頭に入ってくる。自分が知らない世界、未知の世界のように新しい情報にくぎ付けになりワクワクする。青山さんにも聞いてみた。


青山さん:「きっかけは、子供のころに聞いたおじいちゃん、おばあちゃんの戦争についてのお話です。特攻隊とか、空襲で道一歩間違えたら死んでいたこと、友だちが爆弾を拾っていじったら亡くってしまったことなどを聞いていて、彼らがすごい悲しそうな顔で泣いていたのが印象的なのがスタートかな。」

世壱:「おじいちゃん、おばあちゃんのこのお話がスタートっていうことは、まだ他にもきっかけの一部があるんですか?」

青山さん:「はい。大学生の頃に実際に戦争が行われていたカンボジア行ったこと。昔、兵士で人を殺していた人とお話したこと。そうそう、自己紹介で話したあのおじちゃん。そこで感じたのは社会の仕組みとして、殺されるほうも殺すほうも本当はとってもいい人なのに生き残る選択肢が争いに限られてしますことはおかしいのではということ。そこで、難民といわれる人を助けたいと本気で思うようになって今の活動につながったんです。僕は、社会問題っていうのは大きな問題ではなくて、身近にある「これって、おかしくない?」と思うことだと思うよ。」


青山さんとのインタビューを終え、難民を他人事として考えていたことを自分事として捉えれるようになりました。僕は、このような話を聞くことで知見や視野が広がっていくことを体験しました。
地球で起きている問題に対して、寛容性を持ち接して行けるようになりたい。難民と言われている人たちと会い実際にお話をして少しでも役に立ちたいと思いました。

少し経ち、ニュースで難民という言葉が今まで以上に耳に入るようになった。青山さんとのインタビューを思い返すと、青山さんは一度も「難民」の一つの単語で言わずに、「難民と言われている人たち」と言っていました。身近にある「これって、おかしくない?」と思うことに対して、自ら行動できる最初のステップは言葉を大切に使い相手を認め尊重しあうことなのかもしれないと思いました。