「もっと個性全開でいいのに」渡航経験30回以上、ファッション愛好家の大学生が語る「自分軸の生き方」(山田 路依)

シリーズ3:面白人にインタビュー, 編集の教室



『編集の教室』。ここは全国から集まる中学生が自由に自分自身を表現する場所である。
今回は世間一般とはどこか違う、飛躍した行動力や発想を持ちながら、様々な業界で奮闘する
「面白人」
にインタビューをする。
話を聞かせて頂くのはファッション界で活躍するYUUKAさん。
ファッションには然程興味が無かったが、自分とは対極にいる人にこそ意外な共通点があると思い今回のインタビューに至る


山田:YUUKAさんといえば、ファッション。でも他にも色々やられていますよね。環境問題、英語、旅行が好きだとか…。
 アートの分野にも興味があるそうですが、僕は美術部に入ってるので、そのあたりは僕も一緒だなと思っていて。

YUUKAさん:服装を見て最初、HIPHOP系かと思いました(笑)

 山田:この格好すると目立たないので好きなんですよ。加えて緑色が好きなので、全身緑色で固めてます。
  好きな色だけでコーディネートしたらいいよねっていう小学生の足し算みたいな考え方で服着てたら
 「似合ってなくない?」といわれるんですよ。そこで自分にはファッションセンスがないんだなって気付きました。
 だからファッションに興味がないのかもしれないです。
 周りから見られる為のファッションについて無頓着なんですよ。

YUUKAさん:じゃあ自分自身としてはファッション自体興味があるんですか?

 山田:そうですね。自分の好きな格好とかしたい服装とか突き詰めるのは好きです。
 誰かと出かける時に出るファッションセンスは最悪です。親に買って貰ったのを何も考えずに着てます(笑)

YUUKAさん:でもファッションって自分にいいねを与えるものというか…
 自分も最近では親に似合わない、と言われた服装をしています。
 少し前は親に「似合わない」って言われてたから、違う系統の服を着るようにしてましたけど
 大学に入って自分で服を買えるようになったので自分が好きなファッションをするようになって
 それを突き詰めていったら友達からは「YUUKAちゃんめっちゃそういうの似合うね~~!」と言われます。

 だから人の評価や見る目ってあまり気にしなくていいと思います。

 それこそファッションで有名な人は好きな色で全身固めるとか、周りと全然違う格好する人が多いじゃないですか。
 周りと違うことがファッションであるとは一概に言えないですけどね。
 それに、色のもつパワーってめっちゃ私好きで。
 赤色の服を着ると体温が二度上がるっていう研究がありまして、それぐらい色って
 自分の気分や心を左右するから、自分の好きなその格好を貫いて欲しいな、と話を聞いてて思いました(笑)

山田:じゃあ自分の価値観とファッションの世界観は近いのかもしれないですね!

YUUKAさん:黄緑が好きなんですか?

山田:明るい方が好きかなぁ、あとライムグリーンとかミントグリーンのようなそんな色が好きです。

YUUKAさん:爽やかなグリーンですね!持ってる物も全部グリーン?

山田:はい、今僕は何でもグリーンですよ!

YUUKAさん:でも自分が好きってことは何かに惹かれてるって事だから、絶対否定しないで……!

山田:僕、ファッションには
 人から見られる為のファッションと自分が好き放題着飾るファッションとでの2種類あると思っていて
 自分は前者が苦手で興味ないんだろうなと思います。人からどう見られるだろう、とか考えること自体面倒なので。
 だから親から買って貰った服を脳死で着てますね。全くなにも考えていない。
 その点休日は人の目もないので、変な格好します。

YUUKAさん:社会的なマジョリティ(多数派)基準だと、周りに迷惑をかけない服装がいいものとされてますよね。
 就活は黒のスーツとか、制服とか。いい印象を与える為にそうしてる人が大半です。
 けど本当にファッション界で活躍してる人はそういうのを気にしていないんです。
 まぁ「気にしていない」というより「信じる道をとことん突き進めている」に近い感覚だと思います。
 「周りがどう思うかではなく」です。
 ファッション業界の人って大体そんなイメージじゃないですか?

YUUKAさん:……人がどう思うかを考え過ぎると結局みんなと同じになってしまうんですよ。
 人を傷つけなければ自分がしたい格好をしていいと思います。
 逆に、人からこう思われたい!という目的を持ってのファッションもまたいいと思うんですが
 同じぐらい自分が着たいものも大事で、それは実際に着てみてどういう反応を貰えるかとかの経験値によっても変わります。
 例えば全身緑色の服にしてウケが悪くて最悪気分が落ち込んでしまった場合、
 来週は着るのをやめよう!としてもいい訳です
 逆に世間一般で「これはお洒落だ」という格好をして気分がよければそれを続けてもいい。
 自分が着てて気分がいいことが全てだと思うので、そういう意味での着心地がいい服を是非着ていて欲しいなと思います。

YUUKAさん:高校生の内からこれが自分に似合う!なんてわからないのが普通なんです。
 だから私は意識的にいろんなジャンルの服を着るようにしていました。
 ファッションは、見た目だけじゃなくて、その歴史も面白くって、私は
 「ジャッジしない、環境に優しく、love and peace!!」って思想が気に入ったので、
 色々試しましたが、ヒッピースタイルが私らしいなと思っています!
 ロック系も、シックなスタイルも、ギャルチックなスタイルも気が済むまで試したので、
 いろいろ自分のパーセンテージで少しずつミックスされてる気がします。
試着は、結構積極的にしてみますね。
 あとは、ファッション雑誌とか、写真をコラージュしたり、部屋の壁に貼ったりして、
 自分の好き!って純粋なアンテナを尖らせるようにしてます。
 こんな感じで、色んな経験をするのが大事なんですよ。
 一時はパンクロックな服装、ヒッピーな服装、はたまた全身ユニクロなんて経験を経てようやく見つけた着心地のいいものこそが自分の「個性」や「スタイル」になっていくんだと思ってます。

 山田:へぇ…じゃあファッションは人からどう見られるかを考え計算して自分を魅せるというより、
 単なる自己表現、つまりはアートなんですかね。

YUUKAさん:そうですね!私はアートだと思ってます。
 難しいですよね、人によってファッションの捉え方は違うので。
 山田くんはどう思いますか?

 山田:そうですね…。
  やはり2種類あると思いますね。
 1個は自分の気分調節のため。医者の服を着ると注意深くなる、暖色の服を着ると体温が上がるという大学の研究や
 個人的にも勉強はパジャマより制服でやった方が生産性が上がりますから、服が与える気分的、生産的効果はだいぶでかいと思っています。
 またYUUKAさんのいうように自己表現をして自分の気分を保つ事もあると思います。

山田:あともう1個は誰かのため。
 自分が大事な人と公共の場にいるとなれば、一緒にいる人が「小汚い奴を連れている」、「ダサい奴と一緒にいる」
 などと思われたくないので世間一般のトレンドやお洒落は一応気を遣います。
 ただ自分軸で考えるとやはり着てて気分がいい服を着た方がいいと思います。
 人生の質はほぼ幸福度で決まると思うので。

山田:……ホームページにあるYUUKAさんの自己紹介を見ました。
  学校という右ならえのコミュニティにいる中学生に「いい子になりすぎないで」とのメッセージを送ってましたがYUUKAさん自身はいい子になりすぎて失敗したことはあるんですか?

YUUKAさん:高校生までの私は俗に言う「いい子」だったんです。
 「みんなが求める私」「親先生が褒めてくれる私」を価値基準にしてて
 優等生であるために自分のしたい、やりたいを抑えてました。
 ただ大学に入ってから親元を離れて暮らすようになって凄い心が軽くなったんです。
自分自身について見つめて直す時間も増えて、優等生の殻を外して、自分に正直になっていいんだと思えました。

YUUKAさん:特に優等生になって失敗したことはないんですけど、もしそれを演じ続けていたらこのワクワク感には出会えてなかっただろうし
 自分に厳しい分、人のことも認められなくなります。
マジョリティを基準にしているとマイノリティ(少数派)の人を見て「こうであるべきなのに」 
 みたいに考えてしまい多様性なんてなくなってしまいます。
人を認められてないようでは到底自分の殻も破れません。
でも私は今、それに気づけて無事ワクワクした生活を送れているので良かったなと思います。

YUUKAさん:私が思うに日本の学生はいい子になりすぎているなと思うんです。
 「誰かから褒められないといけない」と思い、そのためだけに行動する人が多いですが、
 もっと自分がいいと思ったことに挑戦していいと思います。
それで仮に大きい失敗をしてしまっても
 そんな自分を受け入れることで失敗も怖くないでしょうし。
 逆にいい子になろうとすれば挑戦しようともしなくなります。
 結果、自分の可能性を狭めてしまったりしてしまうので、もっと自分に正直になっていいのに。と思います
 自分基準で人生を生きれたらいいな、と…。

 山田:なんだか高校生だからこそ響くものがあります。
 中学3年、あんなに辛かった受験勉強のモチベは、高校に入りさえすれば自分の世界や視界はもっと広がると思ってたけど全然そんなことなくて。
 まだまだ世界は狭いんだなと落胆しました。
 未だに誰かから評価を貰う事が絶対だし、クラスで少しでも人気をとらなければ皆からは見向きもされなくなってしまう。
 そんな社会であったことに酷く落ち込んだんです。

YUUKAさん:でも!それこそこんなプロジェクト(編集の教室)があると調べて参加するってすごい素敵だし、探せばありのままでいられたり何か挑戦ができるコミュニティはあります。
  そこで会った人と交流することは価値観も広がっていいと思いますよ。

 山田:なるほど…そう思うと現代社会は生きづらいですよね。
 自分自身、人から「こうであるべき」とか決めつけるのは重圧になるし窮屈に感じます。
 だからといって自分のやりたいことって責任を持たなきゃいけないので、世界はどこまでも生きづらく出来ているんだなぁと最近思っていますね。

YUUKAさん:日本の学校教育や社会の倫理規範はロボットを製造するためのものみたいに見えます
  なんだか皆均一、個性は厳禁みたいな暗黙のルールを感じます。
 そういう風潮は覆せずとも染まらずに、個性はもっと出していける社会になったらいいなと思います。


■編集後記
「自分の好きなものを突き詰める」、「いい子になりすぎない」を話題の中心としたインタビューだったが
「人から高い評価をされる「いい子」を捨て、自分の好きなことを突き詰める」というこの考え方は
言葉にするのは簡単だが難しい話だと思う。少なくとも、私が生きてきた世界ではそうだった。
とにかく勉強が出来なかった小学校。新しい次元の勉強について行けなかった中学校。
「何でこんなこともできないの」「この成績じゃ近い将来どうなることか」「一般常識だよこの程度」
大人は大体こんな意味の言葉を幾度となくかけてきた。
評価が低くていい場面など無かった。
好きなことをするにも自己責任が付きまとった。
高校生となった今や義務教育という加護はどこにもない。
その分自由になるのはいい事だったが反面、突き放されるようなこの感覚が嫌いだった。
社会全体が個性を許容すればこれ以上の幸せはないだろうが、私の現実はそうも甘くないようだ。だからこそYUUKAさんは探せばありのままでいられたり何か挑戦ができるコミュニティはあります
と言ったのだろう。どうやら世界の一部分には希望もあるらしい。
こんなに自分が自由になれない、と言っているのも思い込みの殻を被っていないからかもしれない。
YUUKAさんは優等生の殻を外して自分にとっての生きやすさを手に入れた。
その経験談は、案外殻の外の世界は自由なのだと
自分がこの社会に順応することもできると教えてくれた。では人からの評価も、気にしないというのはどうなのだろう。
私達は普段自分にとって耳ざわりの良い意見は積極的に耳にするようにしている。
対して耳ざわりの悪い意見は?
そこだけ撥ねのけるのは都合がよすぎやしないだろうか。私が出す結論は「そりゃそう」だ。自分の成長が大事なら耳ざわりの悪い意見だろうと取り入れるべきだ。
しかし、真に受けすぎると破綻を来すことを私は知っている。
誰かの主観の押しつけは時に自分らしさや心を殺す。
自分らしさや心を殺されればそれは変えの利く大量生産品と大差ないのではないか?こんな人間は死んだも同然だと思う。
どんな人間も唯一無二なのだから。
そう考えているとインタビュー後にYUUKAさんからこんな連絡が来た。今日私が話したことは、私にとって正しいことで、山田くんにとっても正しいことか、正しくないかは、
山田くんが決めることだから、ぜひ、これからもいろんな人と出会って、話して、いろんな考え方に触れて、
自分がいいなって思える考え方を吸収していってね!
正しいと正しくない、取り入れたい意見とそう思えない意見。
最終的に決めるのは、ほかでもない私だ。